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2012.01.20

ものさし

 人はものさしを持っています。人の価値を計る為のものさしです。


 人はものさしを持って生まれてくる訳ではありません。人生のいろいろな経験で、人を判断する方法としてものさしを使う事を学んでいきます。頭がいいと先生は褒めます。頑張って立派になれば尊敬される、と両親は言います。なるほど、頭がいい、立派というのはいい事なのか。そういう事を体験から学びものさしを作っていきます。

 ものさしで人の能力を評価する事は社会を営む上で必要な事です。ものさしがあるから自分が何処に向いているかがわかり、適材適所がわかります。ですがものさしに捉われた人はものさしで能力を判断するだけではなく、人格自体も判断します。そしてそういう人が多い場所で育った子供もまた、ものさしで人を判断するようになります。

 ものさしに捉われた人は、頭の良さがものさしだとすると、態度はどうあれ自分より頭の悪い人を馬鹿にします。そして同時に自分より頭がいい人を恐れもします。ものさしを使って価値を計るのは他人だけではなく自分も含まれており、自分より頭がいい人を前にした時、自分で自分自身を馬鹿にしてしまうからです。ものさしで上なら価値があり、下なら価値が無い。能力と人の価値を切り離せないので、心底では自分より上の人に屈します。

 ものさしに支配された人が苦手にするのは、ものさしを気にしない人です。ものさしで自分を計らず、自分が自分である事を幸せに思っている人です。皮肉な事にものさしを気にしない人は、他人の事もものさしでジャッジしないので周りに愛されます。そういう人に会うと、通じるはずのものさしの比較が通じず、どちらが上か下かもわからず、そのうちにどうでもいい事に自分が捉われているような気がして、自分を惨めに感じます。


 自分を愛する。それができずに人は根拠を探します。何々だから自分は愛される価値がある、何々よりすごいから愛される。ものさしを使って自分を価値付けようとする行為は、本来の自分に愛される価値が無いと感じている事の裏返しです。そうやって何かを根拠にしている限り、自分を愛する事はできません。本質的な肯定は理由も根拠もいりません。理由や根拠がある肯定は、本質的な肯定ではありません。

 自分を愛する事ができない人は、その穴を他人に埋めてもらおうとします。他人はものさしで相手を判断します。だから自分を愛せない人は、他人に愛してもらう為に、他人や世の中のものさしに適応する事に人生を捧げていきます。

 もしもその世界から抜け出したければ、ものさしから解放されなければいけません。

 ものさしからの解放は競争からの逃げだと思われますがそうではありません。競争は問題ありません。問題は自分の意志で、競争する場を選んだり始めたり止めたりできない事です。ものさしに捉われている人は競争が好きなのではなくて、競争しない事ができないのです。比べる事に支配されているのがものさしに捉われた人の特徴です。

 気がついた時には手にしてしまっていたものさしで、人を計り、自分を計り、その行方に一喜一憂し、ものさしに支配された人生を過ごす。
 
 自分を愛するには、自分と対峙し自分の本質を肯定するしかありません。自分を愛せなければ、他人に自己肯定を委ねてしまい、自分が本当にやりたい事は見つかりません。本当に重要で人生を賭けるに値するものを見つけるには、自己との対峙を避けては通れないのです。

2012.01.20 | 固定リンク | トラックバック (0)

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