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2009.06.13

選手と指導者2

 日本の指導者と選手はこういった簡単ではない事情と、それから本人達の熱意によって現在のように形作られて行きました。選手は無償で指導を受けていますし、コーチも無償精神で取り組んでいます。この関係が、日本的な権限の曖昧さを許容する理由になっています。

 理想のコーチングとはという話を、様々な選手と語りました。その半分以上は現在、指導者の地位についています。
 私が仲がいい指導者のひとりに、地位に就いた今でも選手時代の意見を変えていない人がいますが、その彼の意見とはつまり『コーチをもはや必要としなくなるようにするのがコーチの役目である』という一点です。同じように『コーチが全責任を負うが故に全てを指揮する』と言う元選手もいます。

 コーチ全任派、一匹狼派。どちらかが、よりよい競技結果をもたらしたかというと、その境目はありません。その人間の性質に寄るところが大きいと見るべきでしょう。
 
 ともあれ、選手とのいろんな会話を通じて、コーチ論の争点が浮かび上がってきました。それは極論しまして、選手達が話し合うコーチ論は『意思決定は他人に委ねるべきか否か』という点に集約されています。

 これが、戦後の高度成長のカリスマ的経営、戦後民主主義、もっと言うと、日本人が生来持ち合わせているような、特有の意識の共有のような部分と関係しているような気がしてならないのです。

 優れた人物に付き従いたいという欲求が、どの民族よりも強く、すでに決まっている事を踏襲したいのが日本人気質です。つまり自分で決めるという感覚が非常に薄いのが日本人です。

 それは投票率の低さにもつながっています。それが原因してよく海外で日本人は政治意識が低く、民主主義が徹底していないと批判されますが、そんな事はないと私は思います。

 もしも仮に未曾有の災害が起き、食料危機になり、石油や食料の供給が止まり、国家間の摩擦が高まり、第三次世界大戦が勃発した時、日本は未曾有の高投票率で強烈なリーダに投票する事でしょう。
 隣の人が入れたその人に投票し、ニュースで決められた党に投票し、その時きっと世界で一番意思が統一された国家になるはずです。こんな圧倒的多数派は、独裁国家でもなければ、日本でしか形成できません。

 銀行預金残高が世界でも有数の日本です。誰かがどこかに投資してくれている、その末端ではなく根元に投資したいと思う人が一番多い国とも言えます。つまり意思決定の委託です。

 意思決定を自分の責任で行う時、そこに自己責任が生まれます。自分が投票した党がどうなったか、また自分が投資した会社がどうなるか、全ては自分の責任です。政治家も会社もただ姿をそのままにそこにあるだけです。選んだのは自分自身です。しかし、そうは考えられない場合、自分の選択した時には正しかったものが変わっていったのだという理屈に変わっていきます。いずれにせよ被害を被るのは自分自身です。

 『天の向こうの誰かが決めた事をみんなで遂行する』どうもこの感覚が、究極のところ、日本人の文化的遺伝子に根強く刻まれているような気がしてなりません。

 さて、ここから先、少し私に越権行為が許されるとしたら、それは選手に対しての注文です。指導者と組んでみて、その指導者が優秀であればあるほど、どうぞ『敢えて選ぶ』という事を大事にしてください。
 指導者に競技の事を全任するのももちろん自由ですし、半分だけでも、離れてしまってもかまいません。ただ大事なのは『敢えて選ぶ』という事です。なぜ敢えてその人でなければならないのか、一度反証してから、そして敢えて選んでください。これは盲目的に付き従う事とは全く違います。

 敢えてマシーンに徹するのか、敢えて自由に生きるのか。全てはあなたが決める事です。日本ではまるでずっと抗えないなにかルールに従って生きてきていると思っている選手が多いですが、それは違います。ルールに従うという選択をずっとし続けているだけです。意識するかしないかを別として、今の私たちは選択し続けてきた結果です。

 『私たちには何でもできた』というアウシュビッツ収容所に収容されていた方の言葉があります。心は誰にも支配されないという強い意思を感じずにはいられません。

2009.06.13 | 固定リンク | コメント (7) | トラックバック (0)

Comment

テーマと関係のないコメントは削除させていただきます。

為(^o^)さん
「コーチing」って、コーチの指導論って事でしたか(^^;
どうりで違和感があったわけだ
日本が為さんの考え方のように
成るべく期日が近く成りますように。
どうしても実現したい事は
沢山のひとに声に文章にして話すだけで
実現にちかずくと聞きましたが…♪
そうでもないか(^o^)/

投稿者: ゆりっぺ (Jun 13, 2009 3:32:31 PM)

こんにちは☆

『選手と指導者』、『ブランコ』に引き続き大変興味深く読ませて頂きました。
私も遊園地は大好きで、そのブランコと同じような遊具もよく乗っては目を回したものです。あの頃の興奮は今でも忘れません。子供の頃をしみじみ述懐しながらも・・、
遠心力と言う言葉がある上で、その遠心力故の為末さんの骨格だけにはまるようなその特殊な技術が、実は普遍な技術だったのですね。そう確信を得ること自体、改めて為末さんの技術がいかに特殊で卓越されたものであるのかを感じずにはおられませんでしたが^^。
『選手と指導者』もまた、大変興味深く読ませて頂きました。
海外遠征や合宿など過去に何度も海外へ行かれ、そして今現在海外で過ごされてみて、外国と日本、或いは外国人と日本人の違いなど、良い所も悪い所も、見えなかった側面が如実に見えてくるものなのでしょうか。
それぞれの良い所を吸収しあえる関係が理想ですね。
為末さんの持っていらっしゃる、それこそ今の時代失われつつある昔懐かしい日本人らしさ?が私はとても好きです。

P.S
“こにゃにゃちわんわん”ちゃんとできましたか?
『スルワケナイ』
勇気をだしてやって下さいね。
『イヤダ』
ほんとはこそっと鏡の前で・・^^
《コンッ》

今度、ちゃんとレッスン致します☆

投稿者: karen-t☆ (Jun 13, 2009 8:09:09 PM)

【訂正】
感じずにはおられませんでした→感じずにはいられませんでした
すみません。
宜しくお願い致します。

よくごちゃまぜになります。
気を付けなくちゃ。


投稿者: karen-t☆ (Jun 13, 2009 8:45:19 PM)

仰っていることと少し違うかもしれませんが、「国民主権」とは「国民に責任がある」ということです。
「権利」と「責任」は表裏関係にあり、切り離すことが出来ません。
自分たちで選挙で選んでおきながら、まるで自分たちに全く責任がないように政治を批判する人たちがたくさんいます。
著しい勘違いだと思います。
日本で何があろうと、その責任は政治家にあるのではなく、「主権」を持っている「国民」自身にあります。
マスコミによりアジテーションやプロパガンダのせいでしょうか。
それを理解できていない人が多すぎると思います。

投稿者: シロ (Jun 14, 2009 9:08:54 PM)

今回の為末ゼミ(勝手に命名)のテーマ「選手と指導者1・2」も、
とても興味深く楽しく読ませていただきました。

大さんのように自分の考えと真剣に向き合って、熟考し、
文章に落とし込む作業ができる人になりたいです。
ただ、突き詰めていく作業は、根気が要る、時間もかかる、
とても一朝一夕にできるものではありません。
でも、とりあえず、自分の人生の選択権を、他の誰かに渡さないためにも、
自分の貴重な時間を、やすやすと他人に奪われないためにも、
身に着けなければいけないことなんだなぁと、つくづく思いました。
何事であれ、自分で選択したことさえ、自覚できないようでは
「何をかいわんや」ということですよね。
大さんの、歯がゆい気持ちが、よく伝わってきました。

そうそう、回転ブランコ、私乗ったことないです。
スピード系がちょっと苦手で(;・∀・)
でも、ディズニーランドとシーの乗り物は全部OKです。(ヘンネー)
ブランコを読んで、後楽園の落下傘に、乗った時のことを思い出しました。
あれは、落ちるとき、見た目、なんかゆっくりしているので、
楽勝!と思っていざ乗ってみたら、恐怖の地獄落とし(って何?)に匹敵する
恐ろしさで、立っていられず、しゃがみこんで「たすけてー!」
大げさじゃなく、叫んでしまいました。(2度と乗るもんか!(`Д´))
(あの時、確実に寿命が10年は縮んだのだった。。。)

投稿者: ダイ・ハート♪ (Jun 15, 2009 11:00:57 AM)

はじめまして。コーチング論(?)大変興味深いお話でした。他力本願的要因が強い日本人DNAは徳川家300年の徹底的なお上意識が強く残った影響ではないでしょうか?(あまりに強引?)勤勉という良い部分もあるとは思いますが・・・
では我が子にコーチングしてる自分は???朝令暮改・良いとこ取りの方針が定まってないヒドイコーチです(涙)

投稿者: tac (Jun 15, 2009 2:23:45 PM)

頷くことが多く、自分の意志決定のあり方を
考えさせられました。

師匠に教わる、従う、そんな図式は
スポーツ、教育、会社…様々な場所で見られますし、
子供の頃から体に染み着いているような感じがします。
親の言うこととなすびの花は、なんて言いますが、
師匠の言うことに従うと間違いはないような
気がするんです。
でも実は、そこで何かあっても、師匠の言うとおりに
したのに、っていう逃げ道を用意しときたい気持ちが
あったのかもしれません。

侍の言うとおり、従うことも自分の意志決定だっていう
意識の切り替えをしなきゃいけないなって思いました。

投稿者: cham♪ (Jun 15, 2009 10:07:24 PM)

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