message

2008.07.08

コンプレックスの使用法

 私はこの20年の競技人生の多くの部分をコンプレックスの解消に使ってきましたが、晩年このコンプレックスの置き所が少し邪魔になっています。これは大人になるとみんなこうなるのでしょうか。コンプレックスからくる顕示欲と見栄も同じように振り切れども振り切れません。顕示欲も見栄も、全部削がれさえすれば目指す所へ、あるがままの自分で走っていけるのですが、この垢をなかなか削ぐ事ができずに困っています。

 振り返れば、十代の頃はコンプレックスが強く、それがゆえになんとか他人に認めてもらいたいという気持ちが強く、しかしそれが競技を後押ししていました。周囲のトップ選手にもそういったタイプの選手がたくさんいました。そのコンプレックスを解消する場所としてグラウンドを選んでいたのです。
 
 ですが、段々と年齢を経ていくと、今度はグラウンドでうまく解消できない選手が増えていきます。当然頂点は一つしかありませんから、客観を中心にしている以上、それ以外の選手はどこかで折り合いをつけねばなりません。ここに競技を全うする事と、コンプレックスを解消する事の歪みが生じ始めます。

 「こんなものじゃないんだよ」という事を知らせる為に、試合前に敢えて怪我の部分をアピールする事であったり、もしくはコンプレックスの発揮どころを自分なりに落とし込む為、小さなレベルでの勝利にこだわったりします。我々の世界でもよく、グラウンドでのタイムトライアルの結果や、その場での力関係を気にする人間がいますが、往々にしてこのコンプレックスの扱いに戸惑っている様が見られます。
 理論に走る選手もいます。自分の理論だけを一方的にしゃべるタイプの選手は、これに当てはまります。理論をしゃべる事が、相手を誘発して何かを得ようという類いではなく、それをしゃべって顕示欲を満たす事自体が目的になっています。これはスポーツの世界には非常に多い気がします。

 そしてこのコンプレックスはそれがあることにはたと気づかない限りは、永遠に続いてしまうものだというのが厄介なところです。何が足らなくて、こんなにも自分を誇示したいのかわからないまま、誇示し続ける事もままあります。時間が解決する類のものではありません。
   コンプレックスの扱いをうまくできないままコーチになった場合、自分の存在証明と選手の活躍を重ねてしまいます。選手が強く有名になる事が自分の理論を証明し名声を高める為に、いつの間にか自己の証明の手段が指導という事になる事があります。それから現役時代に自分の理論が達成できなかった事を、次世代に託したりする事もあります。これは表裏一体で、表に出れば理論を吸収した選手を飛び立たせますが、裏に出れば理論に固執して選手を型にはめようとしてしまいます。    選手が強くなる事が目的で、理論はその手段であるはずが、逆になっている事が案外と多いのです。この理論派コーチの問題点を、40年ほど前に織田幹雄先生が指摘していました。

 程よいコンプレックスや正しい所に置いたコンプレックスは、人生に張りを持たせ、もっと上に登ろうとする健全な向上心につながります。
 むしろこのコンプレックスが薄い人間も、アスリートとしては厄介です。まずもって競技にそれほどの執着を持たないからです。満たされている為に、何かを欲しようとする衝動も弱い事が多く、その力が抜けた姿勢が何者にも縛られない自由な印象を持たせますが、勝負所でふと簡単に諦めてしまいます。

 強すぎるコンプレックスは、人を駆り立てます。もっと知ってほしい、もっと褒めてほしい、重要でない人間だと思われたくない。これらは人を多弁にさせ、落書きをさせ、不必要な自己主張につながります。そしてこれを悟られた人は、その部分をくすぐられる事によって、いずれか裸の王様になってしまいます。厳しい事に、人が過剰な顕示欲に縛られていく過程で、それを諭してくれる人間はほとんどいません。特に年齢を経るとなおさらです。

 アスリートとしての問題は、強いコンプレックスを持っていると他人からの賞賛が一番の快楽である為、人が賞賛してくれる事の範囲で行動してしまう所です。どんな道でも最後の頂点の部分は、客観の評価を受けられない要素も含むでしょうから、どこかで伸びどまってしまう事にもなり得ます。他人の目など頓着せずに、真実に邁進する事を、これが歪めてしまうのです。

 人が人の目を気にしなくなるのは恐ろしい事でもあります。だから俗世から離れるわけにはいきません。現世に生きながら、客観に頓着せず、道に邁進する。これのなんと難しい事か。

 私は人生に何度か、そういうものから放たれたと感じた瞬間がありました。大方こういったレースはよい結果が出ます。ただの集中と言われるとそういうものかもしれません。これが無心というものかと言われると、そうであるような気もします。
 この経験があるがゆえに、どうしても普段のあるがままになれぬ自分の姿が気になってしまいます。なにも気にせずそのままに生きればいいものを、どうしても評価やわかりやすいものを欲してしまいます。持ち上げられるだけ持ち上げられて、どうにも自分の人生に戻れなくなった選手もコーチもたくさんいます。よくわからない恐怖心があるのかもしれません。
 
 ばかになれ。アントニオ猪木さんが言っていましたが、これぞコンプレックスから放たれるコツのような気がいたします。持ってしまうとなかなか手放せぬ。人間の弱さです。

2008.07.08 | 固定リンク | コメント (18) | トラックバック (0)

Comment

テーマと関係のないコメントは削除させていただきます。

>どうしても普段のあるがままになれぬ自分の姿

それを含めて、あるがままの姿なのではないでしょうか。
裏を返せば、「あるがままになれた」と見なせるご自分の姿は、本当にあるがままの姿なのでしょうか。

投稿者: ナユタ (Jul 8, 2008 3:20:21 PM)

難しい話ですね。

「あるがままの自分」
とらえ方次第では理想の(完璧な)自分であり、
逆に楽をする怠惰な自分でもあります。

どちらを選択するかにしても、
うまい具合にその間を通り抜けてしまうのが人間だと思います。

とにかくストイックに理想に近づける人が、
俗に言う「成功」を掴んでいることが多いのでしょうね。

試合前に、怪我した~など弱いこと言ってたのが昨日のように思い出せます。
あれも一種の「負けるというコンプレックス」を
解消するための自己防衛だったのかもしれません。

投稿者: ゆうじ (Jul 8, 2008 3:43:54 PM)

私もコンプレックスがたくさんある人間でした。卓球を中学の時にやっていたのですが、その卓球でしが人に誇れるものはなかったのに、いざ試合で敗北した時には純粋に敗因を分析できず、周りの部員や顧問からの目を気にして、自分で勝手に周囲は自分に対して侮蔑的に見ている、と決め付けて、それが自分は嫌で「調子が悪かった」などと言って本当の実力が発揮できなかった感をアピールして虚心坦懐に受け止められず、周囲の目を気にして本来の目的は遠ざかるという事がありました。

理論に走るというのも納得できます。
なかなか競技で人より上の結果を出せないから、口では独自の理論を周りに語ってはそれを実践し、証明できない。そんな事もありました。

よくトレーニングジムでも教えたがりの人がいますが、あれもコンプレックスなのかな~と考えました。何故なら自分より経験が圧倒的に少ないような人にしか言えてないような気がするからです。あまりその世界では結果が出てない為、始めたてレベルの人に教え込んで情報の非対称性を利用して顕示欲を満たす場所としている様な気がします。論理的に反抗されると上手く応えられない人が多いですし。

投稿者: ムー民 (Jul 8, 2008 4:58:55 PM)

為末さんの文章を読むと、しばしば興味深さというか、英語で言うところのinterestingな気持ちが天然の湧き水のように感じられます。

ふと思いましたが、きっと有名人のブログに一方的な長文のコメントを書くことも自己顕示欲からの行動なんでしょうね。

投稿者: エドモントンからのファン (Jul 8, 2008 7:39:23 PM)

手段の目的化…
目的の手段化…

あれ?………

こないだ試合でドーピングに選ばれ為末選手に何度か付いたことがある女性が担当になりました。

とても気さくでいい人だと褒めてましたよ…

だいぶ近づいて来ましたね。

集大成を期待してます。

投稿者: WING (Jul 8, 2008 7:47:09 PM)


 コンプレックスは、多かれ少なかれ

 誰もが持ち合わせているモノだと思います

 強すぎるコンプレックスのくだりを読んで

 あ~私のコトだ・・・と思いました(苦笑)

 私は本来がバカなので

 あえてバカになる必要もないと思うのですが(笑)

 周囲を気にして、あえて自分を飾る必要もないのですね

 ちょっと気持ちが楽になりました

 コンプレックスって、あってもよいのではないですか

 使いようによっては

 自分を成長させてくれる良い薬になるかもしれないですし・・・

投稿者: あやずきん (Jul 8, 2008 7:52:24 PM)

自分の長所と、短所、
特に短所を、十分自覚すること。
そうすれば、短所でさえ、
その人しか持っていない、個性になるとおもう。
そして、ただ、当たり前のことを、
当たり前にしていれば、
人間らしい、人間になれると思います。
当たり前のことを、楽しく、よいこだわりを、持って、
行動する、又は人とお話する人が、
今の世の中あまりにも少ないです。
問題点や、改善点を、考えないで、
秋葉原の事件ではないですが、
短絡的というより、自ら学んだり、考えたり、哲学していない人が多いと思う。

ちなみに、私は誇示ではなく、お互い、理解を深めたいと思っています。

投稿者: 4090 (Jul 8, 2008 9:40:53 PM)

いつかは、為末さんの、このHPブログに、
長文で個人的なことを書いて申し訳なかったです。
本当にすみませんでした。
わたしが、ひどいことをした。と、
すぐに、コメントを消してもらうように、
メールを打ちましたが、取り合ってもらえませんでした。私が悪かったです。
落書きコメントよりたちわるかったです。
すみませんでした。

投稿者: 4090 (Jul 8, 2008 9:54:22 PM)

為末さんが日本選手権優勝の際「皆さんの応援に報いたいと思います。」とコメントを残されたときに、皆の為でなくていいのに。と率直に感じたのを思い出しました。
ブログを読んで、私はコンプレックスがその人を操ったり、支えているのかもしれないと感じました。
コンプレックスやその先にみえる失敗や挫折も抱え込める人間こそ、自分のありのままの姿でいられるのではないでしょうか。
ちなみに私は最近、言いたい事が言えなかったり見栄をはったりすると胃がシクシクしてしまうようです。体は正直です(笑)

投稿者: nori (Jul 8, 2008 10:01:53 PM)

今日は。

全て在るがまま!!

人の本質は一生余り変わらないと思います。

だからあるがままにそれを受けいれて自然体・・

自分らしく生きていけば良い様に思います!!

為末さんらしく生きてください!!

投稿者: ムータン (Jul 9, 2008 10:05:05 AM)

いや~、本日もおもしろい、興味深い内容ですね。
僕は女性のお客様メインの商売をしていて、
男女差の本を一時期よく読んだのですが、

>理論をしゃべる事が、相手を誘発して何かを得ようという類いではなく、それをしゃべって顕示欲を満たす事自体が目的になっています。

というのは男性に多い考え方なんですって。
だから男性は他人から何か言われると、
「俺のやり方に口を出すな!」となるらしく、
女性は純粋に共感するので
「あら、そんなやり方もあるのね」なんつって
アドバイスを素直に目的達成に生かせるのだとか。

な~んて、本で読んだ知識をここで書いちゃうのも
僕の自己顕示欲なんでしょうね♪

3の倍数の時だけアホになってきます
ダッシュ!-=≡ヘ(* - -)ノ

投稿者: のん (Jul 9, 2008 1:42:01 PM)

ニックネーム変えました♪

為末さんはすごいなぁって思います。

あたし、あんまりこんな深く考えたことないなぁ。
のほほんって生きてきたから、多分これからも。
頭もあんまり良くないし、だからブログ理解するの難しくて三回くらい読みます(笑)
だけど、理解したとき嬉しいです。

為末さんはすごいなぁ。
あたし、為末さんのブログ読みながら成長できそうです☆

28なんですけどのほほんって生きてます。

投稿者: サル (Jul 9, 2008 7:51:12 PM)

コンプレックスの一つでしょうか。。。私は昔から誰から言われたわけでもないのに『~でなければいけない』概念にとらわれすぎる傾向があります。
リラックスして自由にやればいいのに型にはまってないと怖いのでしょうね。。(涙)それゆえ逆にがちがちになりすぎて考えるだけで何も出来ない。。。考えが多すぎてまとまんなくなるってことに悩まされ始めます。
思考は行動の下準備のもなりますが思考しすぎたりある方向に偏った考え方でがちがちになるとある種、思考は行動をとめます。
冷静な判断は大事ですが勇気をそこなってせっかくのチャレンジや機会を逃すことにもなりかねません。
何を言っているかよく分からなくなってきましたが(TT)~?
進路に悩んでる私にはなんとなくこのコンプレックスの記事がややマッチしてしまいました☆

投稿者: 麻衣 (Jul 10, 2008 11:59:54 AM)

人間みんな何かしらコンプレックスがあるかと思います。
それはきっと誰かと自分を比べるから。

自分は自分でしかない。
世の中に自分は自分だけしかいない。

そう私は思って生きています(笑)

私なんかも色んな場面で自分が変わりますよ。
それも全て自分ですもの。
でも本質ココロの中にある芯はどれも変わりません。

それでいいのではないでしょうか?

でも為末さんが言う周りの人に持ち上げられて
自分を創りあげられてしまって本来の自分を見失って...
というのも分からないでもありませんが...。

話は変わって本来は指導・教育にあたる方が
することって自分以上の人材
自分以上の力ある人に育てあげる事だと思うのですが..

そう思うと何故かそんなコーチの人がいると知ると残念ですね。


投稿者: makoto (Jul 10, 2008 1:37:49 PM)

こんにちは! 今日、7月11日にスポーツ大陸を拝見しました。私は今、24歳で会社員をしています。是非、頑張ってほしい‥と思いました。専属コーチはいらないと言っていましたが、本当ですか? 私もコンプレックスはありますが、あまり考えたことがないです。もしかすると、陸上面ではコーチはいらないと思いますが、生活面で誰か支えてくれる方がいた方がいいのではないでしょうか‥? 北京まで為末さんを私が代わりでも支えてあげたいと思いました。無理な話だと思いますが、金メダル期待しております。是非、頑張って下さい!

投稿者: ナンタハマ♪ (Jul 11, 2008 10:46:44 PM)

NHKスポーツ大陸を見て、感動してブログを探してみました。

「ばかになれ」この言葉にこのタイミングで出会えたことに心の底から感謝します。

遅くなりましたが、北京オリンピック出場確定おめでとうございます。これまで費やしてきた全てのものが終結された走りを楽しみにしています♪

投稿者: NCJ (Jul 11, 2008 11:31:03 PM)

私は高校の頃、親友に驚くほどコンプレックスをもってました。それは自分の心の奥底で。
けれど、私の戦う場所というものを見つけてから、それは本当に見事に消えました。
その戦う場所を見つけられたことで、私は初めて自由ということを実感しました。

けれど、新たなコンプレックスが生まれます。
最近も自分の情けなさや実力のなさや、いろんなコンプレックスに落ち込みまくりましたが、30歳になった瞬間に私の中に滞っていたものが、流れ出した気がしました。ぱっと流れが生まれた気がしました。

私は、戦場を持つことができ、今も貧乏ながら戦うことができます。自分のふがいなさに落胆することは多々ありますが、やはりあるがままの自分を信じることが、前にすすむ大きな一歩だと信じてやみません。

あるがままの私がどれだけ、どこまで飛べるものか、私もこの夏、戦います。
為末さんに負けないように、戦います。

北京、どうせなら金、がんばってください。

投稿者: 宇宙 (Jul 12, 2008 1:41:32 AM)

>人が人の目を気にしなくなるのは恐ろしい事でもあります。だから俗世から離れるわけにはいきません。現世に生きながら、客観に頓着せず、道に邁進する。これのなんと難しい事か。

そうなんですよね。
まさに今私もこれと戦っています
毎回同い年なのにここまで精神力を高められる貴方は凄いとしかいえません

仕事でも色々有、悩んでいますが、この記事をよんで
勇気のようなものがわいてきました。
まだまだまけられません!
為末さんもこれからもがんばってください!

ちなみに、結婚式で兄のかつてのライバルだったと自慢させていただいちゃいました汗

投稿者: ドスコイ (Jul 14, 2008 8:41:40 PM)

Track Back

この記事のトラックバックURL: http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/95993/41771417 こちらのトラックバックのお約束をお読みの上、ご投稿お願い致します。

この記事へのトラックバック一覧です: コンプレックスの使用法:

コメントを書く


※メールアドレスは外部には公開されません



個人情報の利用目的