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2008.01.11

遡り理論

 『先手が一手目を打った瞬間、後手が投了する』チェスの世界で古くから言われているジョークです。完全に全ての手を理解し得た二人の打ち手の間では、正解に通ずる唯一の一手目を打った瞬間に相手が負けを悟るとされています。当然そこまでを理解できる人間はこれまでもいませんでしたし、これからも生まれてこないでしょう。ですが、理屈ではそうなるだろうというわけです。

 木枯らしが吹く中、達人同士が正面を向き合い、何かを探り合うようにして動きが止まってしまうという情景を映画や何かで見た事がないでしょうか。もしくは達人を前にして、一歩も踏み出せなくなってしまう血気盛んな若者の画だったり。

 動きというものをよくよく紐解いていくと、大きな流れが存在することに気付きます。目の前に腕がある為には、その前の瞬間に腕が後ろから前に振り込まれていなければならない等、動きはそれ一つでは存在しません。走りのような循環運動ではさらにその傾向が強く、すべての行動はその前の行動によって影響を受け、その次の行動に影響しています。

 動きの習熟は、自動化も意味します。意識せずとも自然に出るレベルになって、ようやく本気の戦いで使う事ができる技術になります。無意識化の行動ができなければいけません。逆に言えば勝負の時にはもうほとんど自分のコントロールできる領域はありません。

 仮に10台目のハードルで勝負が決したとして、では何が原因だったのか。踏みきり足がずれた事ではないか。だったらその踏み切り足が合わないようなところに二歩前があったのではないか。そもそも二歩前がずれるような走りを9台目のハードルで作ってしまったのではないか。技術が高いところで拮抗している場合、途中で大きく流れが変わる事はありません。間違って飛車を落としてしまった事を名人戦では絶対にカバーできないように、高いレベルではほんの小さなミスが命取りになります。

 原因はどんどんと遡ります。そもそも、そもそもと繰り返すうち、高レベルでの勝負の境目はピストルが鳴る瞬間、どう動き始めるかというところに帰結します。いや、もしかするとその動き始める瞬間を決定づける、身体状況と心理状況を作る為の日常に原因は遡るのかもしれません。

 極端な言い方をすれば、本当の高レベルではまるで勝負と関係のないような先の局面の影響を受けて、最後で勝負が決まるといえます。あくまで平凡な毎日の結果としての劇的な最後の決着があるということです。

 勝ち負けの分かれ目がだんだんと前に前に遡っていくようなイメージを持っています。前半部分でのアドバンテージをひっくりかえせるほどの実力の差は、上の方ではあり得ません。準備が当然のものとして、その極めて薄いところで鎬を削るのです。

 勝負所はグラウンドの外にあるのかもしれません。そういう意味で日本の武道の精神は極めて戦略的な勝負論ではないかと思いました。日々是精進。

2008.01.11 | 固定リンク | コメント (21) | トラックバック (0)

Comment

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こんにちは、体調はいかがですか。
私は競技については芸術と同じようだと考えています。
大会のまえのピーキングで作品を作り上げ
そして完成した作品を展示会(競技会)に出す。
私は試合当日は展示会だと思っています
作り上げてきたものを出すだけですからね。
あとは相手がどんな作品を持ってきたかによりますね。
八王子 福島でした

投稿者: 福島和文 (Jan 11, 2008 2:08:03 PM)

中学校の頃、私の通う塾にはこう書かれた掛け軸が全部屋にありました。
『日々是鍛錬』
昨日、今日で出来上がったものではない小さな積み重ねを終結させて望む舞台なのですね。
そう思うとどんな1日も無駄には出来ません。
毎年私が思うことは1日1日を丁寧に過ごそうってことなんですが今日1日が明日、そして自分でも想像のつかない先の未来に繋がっているんだなってことをリアルに感じれる文章でした。

投稿者: 麻衣 (Jan 11, 2008 3:11:08 PM)

無駄、、、と言うものが何かわからなくなってきました。
いや、、、無駄、、、ないのかも???

投稿者: WING (Jan 11, 2008 3:43:53 PM)

私にはあともう少しでセンター入試があります(@_@)
今まで重ねてきた日々の努力を100%出し切れるようなモチベーションで頑張ろうと思いました☆
φ(..; ))))

投稿者: アント (Jan 11, 2008 5:10:45 PM)

私にはあともう少しでセンター入試があります(@_@)
今まで重ねてきた日々の努力を100%出し切れるようなモチベーションで頑張ろうと思いました☆
φ(..; ))))

投稿者: アント (Jan 11, 2008 5:11:28 PM)

為末さんこんばんは^o^
為末さんの思い通りにピーキングがいったら
絶対に金メダル取れると思います

頑張ってください!!!

投稿者: まさひろ (Jan 11, 2008 7:56:42 PM)

日々の何気ない努力って、本当に勝負どころに強いですよね。。。

仕事を始めて10年たって、やっとまともに、努力が報われるようになってきたように思います。。。

そして、副産物のような、予想していなかったうれしい結果をもらえることがあり、それを幸せだと実感できる余裕も。。。

余裕と感謝と・・・日々是精進。。。

投稿者: あき (Jan 11, 2008 9:53:42 PM)

「締」

どこで書いとんねん。。。(爆)

しかし、うまい。。。

投稿者: あき (Jan 11, 2008 9:58:33 PM)

「平凡な毎日の結果としての劇的な最後の決着がある」

華やかに活躍されている為末さんなので、そういうところばかり目がいってしまいますが、日々精進なさってるんですよね。

私も日々精進いたします。

投稿者: 北春日丘 (Jan 11, 2008 10:57:50 PM)

「積小為大」
〜大事を為さんと欲せば、小成ることを怠らず勤しむべし。小積もりて大となればなり。

為末さんのお名前とこの言葉の字面が似ているのは、単なる偶然ではないような気がしました。

タイ合宿でのお話も、また聞かせてくださいね。

投稿者: すなふきん (Jan 11, 2008 11:35:11 PM)

為末さん、こんばんは。合宿、お疲れ様です。 
おこがましいですが、『遡りの理論』とても感覚が近いです。
私も日常的に振り返る習慣と言うより、癖と言った方が近いです。
考え始めると、遡りながら枝葉が分かれていって、時々収拾がつかなくなったりします。(苦笑)

今、自分が置かれている環境は、今まで生きてきての一瞬一瞬の積み重ねで、誰のせいでもなく自分で選んできた結果なんですよね。
何を見て、どの様に感じ、考え、そして言葉にし、判断していくか…。
愛というものが、自分に向かうか、他者に向かっているかで大きく作用が変わるように、日々の何気ない平凡の積み重ねも、根底に流れている思いによって、非凡で大きな結果を呼び込む様に思いました。

武道の精神…為末さんらしくて、とても素敵だと思います。
為末さんのファンになって、本当に良かったと改めて思いました。
このまま、ご自身の道を北京に向けて、走られてくださいね!

合宿が、充実したものになることを心から祈っています。
では、おやすみなさい。

投稿者: horomi (Jan 11, 2008 11:53:46 PM)

訂正します。
名前をhoromiで送りましたが、すみません、hiromiの間違いです。失礼しました。

投稿者: hiromi (Jan 12, 2008 12:00:34 AM)

遡り理論、「科学的体育理論」にあります。

マイネルさんという器械体操が専門の方が提唱した「運動学」。パフォーマンスの善し悪しを直感的・主観的に見た時にそれをどう客観的に評価するか、これを色々ひねくり回して「科学的」にするんですねえ。

某有力大学の、ある意味根本的研究姿勢、ではあります。30年以上前に教わって、これだ!と。

でも、古武術の持つ、哲学にも通じる(しかも実際に役立ってしまう)考え方を知ると、何だ、昔の日本人の方が身体や心の使い方を知っていたのか、と腰が砕けるような思いをしてしまいます。

それはそうとして、「運動学」がらみの情報を得ることをお勧めします。

そんなことはとっくの昔に・・・、だろうな、と思いつつ。

投稿者: 二日酔い主義者 (Jan 12, 2008 3:01:06 AM)

年の始めに出合った人に、同じような言葉を頂きました。
 「日々是精進」
とても静かであり、強い言葉です。
今年の目標にしたいと思います。

投稿者: えん (Jan 12, 2008 11:11:45 AM)

そこまで、気づいて、その領域に達しているのですか。
私が思うに、本番、多少のアクシデントがあったとしても、気持ちがしっかりしていれば、ミス?も、対処したり、かわせるはずだし、周りに流されなければ、(たとえ、大きな流れだったとしても、)
要するに、一番いいたいのは、本人が、しっかりしてさえいれば、大丈夫だと思うのです。

ささいなことに気づくことも、才能かもしれませんが、余計な細かいことに気をとらえられて、流される可能性もあるわけで、一番大切なことさえ、見失わなければいい気がします。自信がない時、ひとは、余計なことにこだわったり、とらわれたりするものだと思うのです。のびのび、思いっきり、ができるために、何が必要か?大切か?だと思うのですが、文章がまとまらなくて、すみません。

投稿者: 4090 (Jan 12, 2008 11:16:28 AM)

遡り出すとどこまでも行っちゃいますね。私の場合は遡って考える時っていうのは、やっぱり追い込まれた時なのかなぁ。
遡ることによって理由が分かりすっきりすることもあれば、答えがでないことも…。その時は自分がもやもやの中にいるのに、世間にはそれなりの行動をとらなければならないことがしんどいなぁと思います。でもその悪い状況の中で最善な一歩が踏み出せれば◎ですね。
ところで、M・ジョーンズに実刑判決が出ましたね。もちろんいけない事なんだけど、その追い込まれた状況を想像すると、誰が助けてあげられ人がいなかったのかなぁと残念な気がします。

投稿者: ちえ (Jan 12, 2008 5:18:57 PM)

『遡り理論』とても面白いですね。
全てのモノに当て填めてみても、今まで目に見えなかったことが見えてきそうです。
私は絵を描いたり鑑賞したりするのがとても好きなんです。よく美術館やホテル内のギャラリ-に行っては3時間ほど篭ります。^^
絵にあまり興味のない方は退屈でしょうけどね。
とても奥が深くて面白いんですよ。額の内側の世界から額の外側が見える瞬間があります。過去に二度だけね。二人の画家。
長くなるので割愛しますね、そうですね例えば動いているものを描いた絵であっても、絵、それ自体は決して動いてはいないわけです。当たり前ですね。本来、前にあるのは紙と絵の具ですから。しかし動いていない止まっているものを描いた絵であっても細かな筆の流れ方使い方、色彩や明暗やあらゆる所から外側の動きや心情が確かに感じとれます。しかし目の前にあるのはやはり決して動くことのない絵です。止まったままの絵です。
果たして目の前の絵は本当に・・
そして、ずっと見続けてるうちに、止まっているのは、動いていないのは、明らかに額の外側の世界の現実であって、額の内側の世界により外側の世界が動かされる時そこで始めて額の内側も外側も過去も未来もカラダもココロもひとつとなり額の中の絵が確かに動いていることに気付かされます。
止まった絵は、画家たちの『遡り理論』が前方に作用し巡り辿りついた境地の証なのでは、とそのように思いました。
なんだか、以前お話されたニ元論の境目や武道の精神にも通ずるものを感じます。勝手ながら。
『日々是精進』素敵ですね☆
お身体には気を付けて、合宿楽しんで頑張って下さいね☆


投稿者: karen-t☆ (Jan 12, 2008 7:04:03 PM)

はじめまして!

私の興味の話で恐縮ですが、自分の仕事のメインである『視覚』の分野を大好きな『陸上競技』に生かすことはできないものか?と模索していたところスポーツ・ビジョンという分野にたどり着き、陸上のなかでも高跳びや走幅跳、ハードルといった競技でスポーツ・ビジョンは必要とされるのではないか?と考えました。素人考えですが、ハードルではハードルの位置と踏み切り位置との距離感や他の選手の位置を知るための周辺視野など影響するのではないかと思ったのです。が、陸上についての文献を見つけることができないこともあり、実は陸上には視覚の分野は必要ないんじゃないか?など否定的になりがちな今日この頃でした;
しかし、『遡りの理論』を読んで、問題点から遡って、遡って原因を究明していったとき、どんな小さなポイントも競技に影響している。だからもしかしたら視覚だって何かしら影響を与えているかもしれないと考え直し、陸上とスポーツビジョンの関係を肯定的に捉えることができそうです。
競技をしていない自分の考えだけでは自信が持てないことがありますが、現役選手の言葉は自信を与えてくれますね。

為末選手が伝えたいこととずれているかもしれませんが、自分のなかで少し希望がみえたお話だったのでコメントさせていただきました。そして、長文の上、文章がまとまっていなくてすみません!

投稿者: SATO (Jan 12, 2008 8:20:58 PM)

ためすえさんこんにちは!
前にメッセージに載せてた選択力の本ですかー?日々の一歩一歩が大きな結果に繋がるように、小さな選択の一つひとつが大きな選択になるのでしょうか。
将来どうすべきかという選択をするとき、今まで自分がしてきた無意識といっていいほどの小さな選択を遡ることで、本当に自分がどうしたいかを発見できたりするのでしょうか?
実は今、将来のことで悩んでいます。ためすえさんに相談できたらなぁ…(^。^;)選択力の本読んでみようかと思います。悩みこと、前に進むこと、日々是精進ですね。なんだかちょっとスッキリです。ありがとうございます。
それから、ナイキのCMやっと見れました!素敵なCMですね(^∀^)
音楽と一緒に走るワクワク感が伝わってきました。
合宿頑張って下さいね。

投稿者: jasmine (Jan 12, 2008 8:38:49 PM)

私はブログを読んですぐ思い浮かべたのは日本の武道  剣道などを思い浮かべました。

宮本武蔵の世界を思い浮かべました。

同等なレベルで有ればあるだけ精神論に行き着く様に思います。

投稿者: ムータン (Jan 13, 2008 5:21:47 PM)

 為末さん、おはようございます。
 おもしろかったです。私は今までこういうふうに考えながら生活したことがあまりなかったように思います。ある出来事に対して違和感を感じた時に初めて、「あれ?なんでなん?」と考える程度のように思います。私の場合は「なんで?」、良くても「なんで?なんで?」くらいですが、「なんで?」の連続でどんどんと遡って原因追求をしていかれる為末さんのお話は、普段こういうふうに考えられていない私にとっては「それで、それで。」「えー、原因を遡ったらここに行き着きますかぁ。」と興奮しないわけにはいかないお話でした。
 またこのお話読んで、私はあることを思い出しました。大分前のことで記憶がすごく曖昧なのですが、なんかのアニメ映画一本を完成させるまでのドキュメントをテレビで観ていた時のことです。例えば120分の映画を完成させるのにどれだけの時間がかかるか。驚くことに『年』単位の時間がかかるそうです。120分の映画が完成するのに数年、ということはそのうちの1分の映像をつくるには数日、数週、ひょっとしたら数か月かかる場合もあるかもしれません。最近テレビCM等で観るアニメ映像は「本物の人?」と見間違えてしまう程のものなので、ここまで技術が発達するとアニメの映像化は簡単になってきてるんじゃないかなぁと私のような素人の考えではそう思っていました。なので「これ程の技術があるのに?」と感じましたが、このドキュメントである人はこういうことをおっしゃっていました。「映像技術は確かに発達し、人間の動きに近づいた動きをつくりだすことが可能になってきた。ただその動きをつくりだしていくには細かい所まで見ていかなくてはいけないんだ。」と。だから時間が必要なんですね。人間の動きに近づけていこうとすればするほど、並べ比べてみても違いがわからない程の細かな静止画がたくさん必要で、それを組み合わせることで人間の動きがつくりだせているんだなぁと感じました。人間の自然な動きをつくりだすには『すべての行動はその前の行動によって影響を受け、その次の行動に影響しています』と為末さんがおっしゃるこのことがとても重要なポイントなんじゃないかなと感じました。
 このドキュメントを観ていた時自分の知らない世界、自分にはない視点を発見できておもしろいなぁと思いました。正確な記憶ではないですがこのことは今でも頭の片隅に残っています。今回の為末さんのお話を読んでいてこの時と同じような感情が自分の中にはありました。

投稿者: 茜 (Jan 15, 2008 10:47:44 AM)

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