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2006.05.12

ハードルを跳ばない理由(後編)

 悪い事ばかりではやる意味がありません。ここからは待望のメリットの話です。

 一つ目は報道各誌で書かれているように、スピード強化の目的です。世界的に見て、私ほどハードル技術に偏っている選手はいません。私自身もここには絶対の自信を持っていますが、反面世界でも類を見ないほど脚が遅いわけです。ハードル技術はもうかなりのレベルでほぼ飽和状態に来ていますから、まだ飽和状態に至っていない他の能力を開発しようして、一年走る事だけを貫こうとしているわけです。メリットの一つ目。

 それから400mHにおいては今のところ日本のトップレベルなので、負けるという局面があまりありません。フラストレーションというのは扱いようによっては最も大きなエネルギーを生みますから、勝てないように、不得意な種目を選ぼうと思ったわけです。人間には二種類あって、褒められながら楽しく伸びていくタイプと、私のように窮して閃くタイプがあります。心が安定しないようにする為というのが、メリットの二つ目です。

 精神にもペースというのがあって、これは案外、日本では計算されてきませんでしたが、私は重要だと思っています。昔から日本では「いつも頑張れ、頑張れ」というやり方が主流ではあったのですが、日本人は頑張りやなもので頑張っているうちにそれが平常になってしまいます。それでいざ「ここが本番だ。いつもより頑張れ」と言われても、いつも頑張っているからどんなに頑張っても同じくらいしか頑張れなかったという事が多々ありました。集中や没頭というのは平常時と落差があればあるほど、自分の能力を引き出せるものですから、これではあまり勝負の時と平常時が変わらなくなってしまうわけです。
 もともと私は精神の影響が大きく、好不調の波が大きいので、今年専門と違う種目でなるべくリラックスして試合を楽しむようにして、来年以降の2年間を今年との差を使って、極限状態に持っていくというのがメリットの三つ目の理由です。

 人間には忘却効果というのがあります。これは、継続的に技術を刷り込ませてきたものからある一定期間離れた後に、また戻ると余計なものが省かれてシンプルになってなお良くなる、という効果です。皆さんも、文章を書かれる方ならわかるかもしれませんが、夜に必死で考えた文章が、朝見てみたら急に恥ずかしく感じるほど稚拙に見えたりする経験はないでしょうか。必死で考えていた案件が、ちょっとはなれて別の仕事をしていたら、ふと意外なほど別の角度からアイデアが浮かんだりする経験なんていうことも。こういうものが忘却効果と言われています。
 ちなみに余談ではありますが、スポーツ選手の技術向上がどのタイミングで成されているかという研究で、技術系の種目であればあるほど、怪我あがりの局面で技術向上が見られるという研究結果が出ています。怪我で競技から離れる事を余儀なくされて、頭がシンプルになる。これも関係あるといえるかもしれません。
 ですので今年あえてハードルを離れて、技術を忘れさせる事によって、よりシンプルに必要なものだけが残ってくれるのでは、という期待を持ってハードルを封印するわけです。これがメリットの四つ目。
 
 以上のデメリットとメリットを計算したら、ハードルは跳ばない方がもっと上にいける可能性があると踏んだのでハードルからしばらくはなれる事にしました。引退したわけではありませんので。
 実はこういった論理の理由だけではなくて、ちょっと感情的な理由もあるのですが、それは「陸上競技マガジン6月号」のほうに書いているのでご覧ください。

 以上ハードルを跳ばない理由でした。

ハードルを飛ばない理由(前編)はこちら

2006.05.12 | 固定リンク | コメント (9) | トラックバック (2)

Comment

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とてもわかりやすい説明でした!こういう、ある意味「賭け」的なのもワクワクしますよね!成功することを心から祈ってます!!
ちなみに、走る競技での具体的な目標はあるのですか?例えば400mで45秒台とか。

あと、ハードルを跳ばないというのは、1年間練習でも全く跳ばないということでしょうか!!?

投稿者: ロングスプリンタ (May 12, 2006 12:38:19 PM)

“忘却効果”の段、すごく納得できました!
自分も今受験生なのですが、勉強の効率を考えた時も応用出来るかもしれません。

そういえば昔、初めて行ったスキーでは転んでばかりだったのに、同じゲレンデで2度目滑った時は、何もしてないのに上手くなってた経験があります。これもそういうことなんですかね。

この前の大阪での大会はテレビで見そびれてしまいましたが、これからも応援してます!!

投稿者: 左四つ (May 12, 2006 4:19:43 PM)

コーチをつけず、独りでありとあらゆることを考え行動していくところにも為末選手の凄さを感じます。ハードルを跳ばないということにも、当然為末選手が記したようなデメリットが存在するわけで、本当に色々と考えた上での勇気ある決断だったと思います。

自分は大学で400mを専門としています。400mって本当に楽しいですよね!勉強などで高校のときのような練習はできませんが、やっぱりやめられないんですよね。自分も勉強と両立させながら頑張ります!

為末選手の今年のやり方が成功し、来年の大阪、そして北京での更なる活躍を期待しています。

投稿者: 陸上大好き (May 12, 2006 6:34:05 PM)

四つのメリット、安心しました。感心もしました。で、後味も確かに良かったです。
メリットとデメリット、とても複雑なようなシンプルなような・・。印象としてメリットを「静」とするならデメリットが「動」という感を受けました。
静さんはそっとそのまま大人しくしてもらって。
動さんには早く更正してもらいたいところですが・・(いっそう縄で縛っておくとか)
為末さんの頭の中ではすでに動さんの更生スケジュールがびっしり管理されているんでしょけど・・。なにせ表裏一体の中彼等を扱うのは難しそうですね。 静さんが暴走したりしてね。

投稿者: reset (May 12, 2006 7:56:08 PM)

「自分が何故、何の為にそれをするのか。」

為末さんは、すごいですね。
全ての行動に意味がありそうです。

国際GP見に行きましたよ!
ちょっと遅れましたが、お疲れ様でした。
成功を祈ってます。

投稿者: SHOTA (May 12, 2006 9:53:36 PM)

ふむ!

納得。満足。プロのスポーツ選手ってこんな考え方をしているんですね。非常におもしろかったです。

よかったこのブログ見てて。

投稿者: malimo (May 13, 2006 8:43:55 PM)

とくに400mハードルは、ハードルを越えている時間よりも、走っている時間の方が、長いですね。

投稿者: 4090 (May 14, 2006 5:42:46 PM)

↑のようなコトを、言ってますが、私が陸上やってた時、幅跳びをやっていたのですが、幅跳び出身のコーチが、砂場の砂を外の校庭に撒き、4分の1以下まで減らしたうえに、「ここで練習しろ」といったので、砂場恐怖症に拍車がかかり、その頃、速く走ることが大切だと思っていたこともあり、走りと、ジャンプのタイミングばかり練習してました。なので、空中動作ができず、全助走が、リラックスできる5歩助走とジャンプの距離が、一緒でした。最後の公式戦で、そのコーチが、審判だったのですが、5歩助走のことは知らなかったのですが、試合の最後のこれ実力が出せなかったら、終わりというときに、5歩助走はせずに、結局失敗してしまいました。相当自分を恨み、よれよれになりました。家族が、陸上関係の本、テレビ、話、ジャージ、電話で家族が陸上のことを話しり・・・。とにかく、見るも聞くも長い間嫌でした。そこで、何がいいたかったのかといえば、為末さんの場合強みがあることはすごいことで、さらに、メリットが、うまくいけば、すべてが強みになるので、良くなるといいですね。
今、私は自分の意見が、価値がないと思うのことと、ワガママで、自分を通すことはかっこわるいとおもうので、意見を言えなかったり行動できない人間になっていたのですが、今日、ワガママを言う人と、自分のことと周りのことや地球のことを一緒に考えることのできる人(車内で携帯をかけないなど)との違いについて、明確になったので、これからは、冷静に判断行動しようと思いました。失敗しても私が陸上をやり通せたことは、自分にとって、いいことだったと、初めて思いました。なんだか過去に別れが告げそうです。

投稿者: 4090 (May 18, 2006 2:25:18 AM)

すみません上の18日の長ったらしい文章は、個人的で、私欲に走った文なので、消してください。

投稿者: 4090 (May 18, 2006 4:33:54 AM)

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