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2005.09.23

早熟型(月刊陸上9月号掲載)

 スポーツというのは残酷なもので、その頂点の時期を自分自身では選ぶことができない。すでに過ぎてしまった最高の時期を追いかけたり、もしくは訪れるかどうかわからない飛躍の時を待ち続ける。時としてスポーツはそういう状況を作り出す。
 身体の頂点の時期を他人より早く迎える早熟型というものがある。大成しにくいといったようなイメージが伴い、あまりいい意味で使われない言葉である。だが、私はこの現況に少し反論したい。私自身が典型的な早熟型であるから、弁明という意味もあるが、それよりまずこの認識自体に誤りがあると思っている。

 早熟型というのは読んで字の如く、早くに頂点を迎える状況を言う。だが、ここで言う早熟型はあくまで身体のピークであって競技力のピークではない。競技力のピークと身体のピーク、似たように見えるこの二つの言葉には大きな違いがある。
 競技力というものを決定付けるのは身体能力、それから発揮能力、そして考察力、大きくこの三つに分けられる。そして三つのうち、早熟型が指しているのは身体能力、この一要素に過ぎない。若年層時の競技力は、その習熟度ゆえに他の要素に比べかなり身体能力の比重が大きい。陸上競技の世界での早熟型とは、早期に向上した身体能力の事を指すと考えられる。だから例え考察力、発揮能力を早くに手に入れたとしても陸上競技の世界ではそれは早熟型とは言わない。何度も言うが早熟型が指しているのはあくまで身体能力一点である。
 つまり早熟型が大成しにくい原因は、早くに優れた身体能力によって競技力がトップレベルに達してしまった事で環境が変化し、考察力、発揮能力が成長しにくいことに原因がある。

 それでは一体どんな環境の変化があるのか。
 まず周囲の評価が将来の成長分の期待を含んでいるので、どうしても過大評価に成りやすい。それはそれまでの成長曲線から予想する根拠のない成長を期待しているから、言ってみればバブル経済のようなもので将来もそうなり続けるとは限らない。もちろん冷静になることができれば問題は無いのだが、どうしても好調の時期には本人、周囲共に熱を帯びてしまう。結果、つられて自分自身へ対しての評価も過大評価に成りやすくなる。
 この過大評価というのは、特に冷静でないというところは非常に厄介で、いろいろな弊害を招く。具体的には早すぎる技術やトレーニングの導入、そのレベルの高さゆえに周囲の人間の熱心な指導等があげられる。
 早熟型の人間というのは一様に巧緻性、習得能力も高いから、いとも簡単に次の技術に進んでいく。しかし技術というのは例え同じものであっても習得するまでにかかる時間によってその濃度が違い、あまりにたやすく体得してしまったものは非常に薄い技術になってしまう。その濃度は競技力に大きく影響する為、早くに高いレベルの技術を体得することは必ずしもいいとは言えない。
 更に周囲の熱烈な指導は、短期的な環境としては理想的といえなくも無い。だが、将来を見据えてみると若年層の頃にそういった状況の中で育ってしまうと、何事か問題にぶつかった時に自分自身で思考するということができなくなってしまう。自発的な思考力が低下してしまう恐れがある。
 それから、先に述べたように競技者は、その初期段階では競技力の多くを身体能力に頼っているが、次第に年齢を重ねていく事に考察力や発揮能力の比重が増えていく。競技歴の初期段階でトップレベルに達してしまうということは、どうしても身体能力に頼るという意識が頭の中に残ってしまい、それが後に考察力や発揮能力の向上を阻害する原因になる。

 少し私自身の思い出話になるが、私のタイプは典型的な早熟型で、その段階でのトップに立ったのが15歳の時と早かった。先に述べた様々な状況は私や周囲の選手が陥った点を抜き出したもので、私自身がいつその状況に陥り、この世界から消えていてもおかしくなかった。だが、今現在でもこの段階までトップで戦えている。それは幸運な事に、私には故障やスランプが多かった事に起因している。好調の時期が故障によって遮られ、あまりバブルというものが長く続かなかったから、その都度冷静になることができ、現実の自分の姿を見失わないで済んだ。
 早熟型の選手はスランプやプラトーが多いので必然悩むことが多い。私は怪我やスランプの度に自信を削がれていたので、学生時代の半ばにはすでに身体能力は将来無条件には上がらないものだという諦めがあった。更に身体能力の完成が早かったので、それ以外の発揮能力・考察力を磨かなければトップレベルを維持できなかった。私が物事の本質を考えるような癖がついたのも、トレーニングに様々な工夫を凝らしたのも、身体能力の向上を期待できなくなったからだと思う。皮肉だが早熟型の恩恵といえる。もし定期的な故障というものがなく、順調に競技人生を歩んでいたら、この綱渡りのような競技人生がどう転んだかはわからない。私は運がよかった。

 確かに早熟型には様々な陥りやすい環境はある。けれども早熟型というものをよく理解し、先に書いたような状況を避け、身体能力以外の部分の向上を目指すなら、私はいつ頂点を迎えるかは別として、そのピークの高さにおいてはどのタイプであれ変わらないと考えている。

月刊陸上9月号掲載)

2005.09.23 | 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (2)

Comment

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為末さん
この頃、10代の選手が活躍しているのが、どのスポーツにおいても、目に付きます。
スポーツ界もやはり、ビジネスが大切だから、
10代の若い可愛らしい人が、頑張っている方が応援もされるし、儲かるんだろうなぁって思いました。
でも、それは、大人(周囲)の都合ですよね。
本人は知らず知らずに、早熟型に育てられているのかも知れません。
もっと、本人の為になるようにスポーツ界が、動けたら良いですね。
早熟型をバブル経済に例えるのは、為末さんらしいなぁと思いました。

投稿者: reiko (Sep 27, 2005 9:32:30 AM)

為末選手!こんにちは。

十代の半ばで、すでにこのように冷静にご自分を分析されていたのですね。
ステキすぎます。
菩薩のようです。

若いとなにかと考察力、発揮能力にきづかなかったりするのに
まして新記録を出した方がこのように客観的になれるのは難しいことかもしれません。
でもこのように、為末選手から競技力についてのこころえを教えてもらうと、説得力があって次につながる子供達も増えると思います。

私も考察力にかけるので、しばしトレーニングしてみます^^

投稿者: ma☆ (Sep 27, 2005 11:38:08 AM)

こんにちは☆
とても興味深いお話ですね。陸上やスポーツについて少し知識を持つことができたような気がします。私自身ある意味で現在、人生の挫折を経験しています。これはスポーツの世界においても似ているところがあるのかなと思いました。陸上を見る角度が変わりました。いつも為末さんのお話には発見や驚きがあって勉強になります。何度も読み返してしまいたくなる内容ばかりでとても楽しいです。
季節の変わり目なので体に気をつけてください★

投稿者: ゆうき (Sep 27, 2005 5:53:11 PM)

こんばんは。

深い陸上概念ですね。
陸上に限った事では、無いかもしれませんが。
ちょっと難しくて、何度も読み返さないと、理解できませんでした。

早熟型、大器晩成型が、選手によってあるのでしょうね。
僕もどちらかと言うと、早熟型だったかもしれません。
大学に入ってから、発展の一歩をたどることができなかったようです。
高校時代のような、純粋な気持ちになれなかった、って言うのが、本心かもしれません。

早熟型でも、向上心を持って、何事にもトライを惜しまない、そうすれば十分に素質を維持できるのでしょうね。

何でもそうでしょうが、初心の気持ちを忘れずに、ずっと維持できれば、良いのでしょうね。

では、失礼します。

投稿者: rucchi (Sep 27, 2005 11:14:08 PM)

こんにちは☆足の具合はどうですか?
スポーツ選手は小さいころからトレーニングをして10代20代の若いころに活躍していて普通の大学生の私はとても羨ましく思っています。華々しくても周りの環境やスランプなどなど奥が深いんだなあって思いました。トリビア風に言うとへえー20(満点)です☆☆毎回なるほどなあと思いながら読んでいます。30代になったらもう終わりというイメージがある人も多いと思うけど、私はそう思っていないしそうなってほしくないです。何かの形でずっとスポーツと関わっていてほしいです☆

投稿者: ☆のんの☆ (Sep 29, 2005 9:30:10 AM)

また解説シリーズ楽しみにしています。

投稿者: ☆のんの☆ (Sep 29, 2005 11:16:17 AM)

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